領域概要
現代社会の持続的発展に向けて、新たな物質を自在に創出できる化学の役割は、これまで以上に重要性を増しています。とりわけ、分子が生み出す光・電子機能の追求は、省エネルギー型発光デバイスやフレキシブル太陽電池の開発をはじめ、エネルギー・環境問題の解決や産業技術の革新につながり、さらには蛍光イメージング技術の進展を通じて生物学・医薬分野の進歩にも貢献します。このように、洗練されたπ電子系分子を創り出す化学は、分子性機能科学の中核的課題といえます。そして、新奇なπ骨格の構築においては、我が国の研究者層は厚く、国際的にも高い競争力を誇ってきました。しかし、学術的に興味深いπ骨格が必ずしもエポックメイキングな材料へと直結するわけではなく、このギャップをいかに埋め、社会課題の解決に資する分子機能や技術へと昇華させるかが、本分野の重要な課題となっています。本領域では、この挑戦に対して、機能発現の鍵を握る要素を「π分子複雑性(π-molecular complexity)」と捉え、独自の切り口による階層性のもと、それらを相乗的に追究します。すなわち、新たな分子群を生み出す骨格複雑性と、卓越した物性・応答性をもたらす状態複雑性とを掛け合わせることで、学術の先端を切り拓くπ分子体を創出します。さらに、それらの機能を最大限に引き出す最適な機能場複雑性を含めてπ分子システムとして統合的に構築することで、多彩な機能科学へと展開します。そして、この物質創製に量子化学的理解と探索手法を融合させることで、π分子複雑性を紡ぐ新たな統合的デザインの学理の構築を目指します。このために、以下のA01-A04の4班を組織し、11の分野にまたがる異分野融合により挑みます。

A01:骨格複雑性の追究
反芳香族性や非ベンゼノイド骨格の活用、新たな結合様式や高周期元素による不飽和結合の導入、さらには2次元/3次元構造のハイブリッド化といった多様なアプローチを通して、従来にないカテゴリーのπ骨格の創出を目指します。
A01-1「ナノグラフェンの2D/3Dハイブリッド化を基軸とした高度π分子体の創製」
研究代表者:成田明光 / 沖縄科学技術大学院大学 准教授 構造有機化学
A01-2「sp2/sp3ハイブリッド化を基軸とした剛直高度π分子体の創製」
研究代表者:八木亜樹子 / 名古屋大学大学院理学研究科 教授 合成化学
A01-3「新π結合様式を有する高度π分子体の創製」
研究代表者:岩本武明 / 東北大学大学院理学研究科 教授 有機元素化学
A01-4「高周期元素環状π共役系を基盤とする高度π分子体の創製」
研究代表者:笹森貴裕 / 筑波大学数理物質系化学域 教授 有機元素化学
A02:状態複雑性の制御
電荷やスピンを有するπ分子、励起状態の精緻なマネジメント、さらには分子の柔軟性を活用した複数の状態間の可逆的制御といったアプローチにより、秀逸な物性の発現・制御を目指します。
A02-1「高度π分子体への安定ラジカル性の付与と機能発現」
研究代表者:清水章弘 / 大阪大学大学院基礎工学研究科 准教授 物理有機化学
A02-2「高度π分子体のレドックス多段階制御による機能スイッチング」
研究代表者:石垣侑祐 / 北海道大学大学院理学研究院化学部門 准教授 物理有機化学
A02-3「高度π分子体の3重項エンジニアリング」
研究代表者:平田修造 / 電気通信大学大学院情報理工学研究科 准教授 光化学、有機材料化学
研究分担者:福本恵紀 / 高エネルギー加速器研究機構 特任准教授 フェムト秒分光
A02-4「高度π分子体への環境応答性付与に基づく蛍光イメージングへの展開」
研究代表者:山口茂弘 / 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 教授 有機元素化学
A03:機能場複雑性を含めた分子システムの創製
デバイス環境や生体環境に加え、複数の材料・相が接する界面や、特異な状態など、機能が求められる環境下における分子の特性や挙動を深く理解し、最適化することで、新たな分子機能や革新的技術の創出を目指します。
A03-1「高度π分子体ー無機複合界面の制御と有機エレクトロニクスへの応用」
研究代表者:若宮淳志 / 京都大学化学研究所 教授 有機材料化学、有機デバイス科学
A03-2「高度π分子分極システムの創製とアクチュエータ・センサへの応用」
研究代表者:吉尾正史 / 物質・材料研究機構 高分子・バイオ材料研究センター グループリーダー 液晶/高分子科学
研究分担者:相見順子 / 物質・材料研究機構 高分子・バイオ材料研究センター 主任研究員 有機・高分子合成
A03-3「高度π分子体の液体化によるエレクトレット材料への応用」
研究代表者:中西尚志 / 物質・材料研究機構ナノアーキテクトニクス材料研究センター グループリーダー 分子材料化学
A03-4「高度π分子体からなるナノ空間の高次構造制御による機能創出」
研究代表者:松田亮太郎 / 名古屋大学大学院工学研究科 教授 錯体化学
研究分担者:佐藤弘志 / 広島大学WPIキラルノット超物質拠点 特任教授 錯体化学/超分子化学
A04:量子化学的理解と探索
励起状態や多様な機能場における分子システムとしての振る舞いを、高精度量子化学計算によって理解し、さらに量子化学的手法を用いた化学空間の探索を組み合わせることで、機能性π分子システムの創製に関する知見の体系化を図ります。
A04-1「in-silico探索と機能場モデリングの融合による高度π分子システムの設計と理解」
研究代表者:柳井毅 / 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 教授 計算化学
研究分担者:長谷川淳也 / 北海道大学 触媒科学研究所 教授 触媒計算科学